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因州若桜 弁天大祭

因幡の国、若桜町三倉に鎮座するこの江嶋神社は市杵島姫命を祀り、古来より「弁天さん」と呼ばれ、ご神徳は高く、寿福円満諸願成就の神様として、霊験著しく、民衆の崇敬は古来より特に厚く、境内は幽遂閑雅にしてこの地を踏めば、霊気に触れ身心自ら澄み霊妙なる神様に帰する想をなしております。
大祭(九月初己の日)には宵宮から近郷近在の宮司が集い大祭を行いますのでご参詣下さい。

若桜弁財天(江島神社)のこと

弁天岩

三倉の南枝谷の奥にあり。大工村にある石の鳥居より、一丁々々に石地蔵を安置して道の誌とす。十八丁許り奥谷の左の方に飛泉あり。
其右の少し傾斜なる所に、高さ二丈余り周囲五六十間の孤岩あり。 前に椙の大木あり、後に三囲許りの桜の老樹岩の上に打ちかざしたり。其岩の正面の透間(すきま)に、赤黒の小蛇二つ蝶と蛙とつねに棲むと云伝へたり。
諸人是を辦財天と称して崇敬すること甚(はなはだ)し。毎月九月巳の日を祭りて諸方より参詣す。或は雨を祈りし年には、七月巳の日雨乞踊とて郷中の男女この所に来りて謡躍をなす。
何の世に始まりしにや久しき事なりとぞ。

江島神社

安芸国宮島杵島姫命を祭る。 往古治承の頃(一一七七〜一一八〇)、平清盛杵島姫を江ノ島に分祭する。
文治の頃(一一八五〜一一八九)師盛本村に往し、江ノ島及宮島の遥拝所を此処に定める。
是より人民信従して杵島弁財天を勧請し小社を建つ。領主代々帰依の社なり。参詣者一日も欠ける事なし。
明治元年神社取調の際廃社すると雖も、国内の人民信任し今に迂延に渡って存す。
 歌一首 美しき其の御姿にならべてはみちくらべられぬ岩の形かな

弁天岩

宗像三女神の一人である市杵島姫命が祀られているこの神社は、古くから「べんてんさん」として親しまれ、商売繁盛や縁結びの神様として知られており、若桜鬼ヶ城の歴代城主である矢部氏、木下氏、山崎氏の祈願所として大切にされていました。この弁財天は古くは巨岩にしめ縄をかけて祀っていましたが、現在では社殿が設けられています。本殿に続く参拝道は、生い茂る大木に囲まれ神秘的な空気が漂います。また、草履を抱いて本殿奥のご神体の巨岩をまわり、互いの草履に願いを書いて奉納すると恋愛が成就すると言われています。また弁財天に続く道にある18体(元々は23体、1丁109mごとに設置)の一丁地蔵を拝みながら、3つの鳥居をくぐって参拝すると御利益が増すとも言われています。いま縁結びのパワースポットととして密かに注目を集めています。

鳥取市的場神社の弁天石

伝説等に曰く、天明5己巳年6月初己日(1785)に八東郡若桜宿三倉村、弁財天の霊石を若連中8人衆によって境内に運び帰り、弁天松の根元に安置した。
 爾来この石を弁天石と称し尊拝し、現在に至る。

参詣路案内図

不明になっているお地蔵さん

弁財天の丁石地蔵には年号は入っていませんが、二百年余り前の「因幡誌」に「石の鳥居より一町々々に石地蔵を安置して道の誌とする」とあり、当時から丁石地蔵が存在していたことが分ります。
参道に道程を刻み、参詣者の道中安全を祈り、見守ってきた地蔵さんは、歴史、文化の証言者であり大切な文化遺産です。そのお地蔵さんが五箇所にわたって不明となっております。

若桜町近隣の町(丁)石

鳥取市覚寺 摩尼寺8丁石

用瀬 鷹狩 大安興寺下り4丁石

河原 霊石山 最勝寺6丁石

船岡 水口 金比羅大権現の3丁石