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若桜神社

 若桜神社は松上大明神、熊野権現、八幡宮を祭神とした若桜の氏神で、若桜城主代々の尊敬を集めるとともに、郡中の大社として崇敬された。

 もと鬼ヶ城の麓八兵衛谷にあったが、鬼ヶ城築城に際し現在の位置に遷ったとされている。

 神社には後醍醐天皇の短冊、名和長利の鉾、平盛継の陣笠、平師盛の甲冑などと称される多数の寄進物を宝物帳に見ることができる。

御幸祭の由来

 この神社は約350年前の1659(万治2)年鳥取藩主池田光仲公より3面の能面を寄進いただき、御幸祭を許されたといわれる。

 そして、御神事河原(鶴尾橋と若桜橋の間の中之島)を拝領して、御幸祭の特徴である神輿を中心とする行列や、氏子が氏神に対する最大の儀礼である麒麟獅子舞が奉納された。

 なおこの当時御幸祭が執行できたのは県下でも数社にすぎなかった。

 若桜神社大祭は近郷では「わかさまつり」として親しまれ例祭日を5月3日(昭和57年までは5月1日)としている。

 御幸祭は現在では隔年に行われるが、行列は時代により変動があって、明治中頃には「奴の舞」や「御幟」が行なわれた記録が見あたらない。

 子ども連の踊りも昭和30年代からである。

御幸祭の概要

 大祭前日は朝から各戸に〆縄が張られ祭り気分を盛り立てる。  昼過ぎに御旅所により榊が出て明日の順路を清めて廻る。
 宵宮には社殿で浦安の舞が奉納され、神楽殿では独特の神楽が森にこだまする。

 大祭当日は午前0時に一番太鼓、2時に2番太鼓、4時に三番太鼓が「ドーン、ドーン」と若桜宿内を打ち巡らされ〝大祭の起こし太鼓〟だといわれる。
 午前8時、大勢の大祭関係者が参列し大祭式典、渡御式、浦安の舞、獅子舞が奉納され、いよいよ石段を下って、御幸行列が始まる。
 先頭は御寄附御面箱、一番榊、奴之舞(大鳥毛、小鳥毛、両掛)御幟(武者行列)職事金幣猿田彦、松上・熊野・八幡宮の各神輿、総供と行列が続く。
 なお、弐・参番鉾と弐・参番榊は昔は行列に加わったが、現在は神社飾付となった。

 この頃、宿内では「チンチ、ドンドン」と鉦と太鼓に合わせ、獅子舞が各戸を廻りはじめる。また、各町の飾付けられた仐鉾・屋台とハッピ姿の子供達が繰り出し、行列と踊り子で約1kmの沿道が祭一色に染まる。また、赤い着物に笠を負い面をかぶった七人の本面が「ホホホー」とふざけ、祭の道化役として人気がある。

 行列は正午に御旅所へ到着し、神事・浦安の舞が奉納される。その後、榊と神輿が練り出される。榊は揃いの装束の舁人が「チョンヤセ、チョンヤセ、コモドリ、コモドリ、チョンヤセ」の掛声で練られる。榊の上に乗って倒そうとする者、それを肩を張って防ぐ者とで右往左往しながら競い合う。

 一方、神輿も「チョンヤセ、チョンヤセ、○○様のご機嫌ジャ」と上に下に練り歩く。

 午後8時頃になると、榊や神輿が神社参道口に集合し、十数本の松明(たいまつ)に導かれて二百余段の石段上の社殿へ担ぎ上げられる。
 この光景は荘厳を極め、更に境内で三体の神輿のぶつかり合う「チョンヤセ」の掛声と、神楽の音が宮の森の暗に響き渡る様は、勇壮かつ神秘的で、まさに大祭のクライマックスシーンと言える。

獅子舞

麒麟獅子舞保存会のメンバーによる獅子舞で、祭前日から当日に各戸を廻る。

本面

各町一人づつの青壮年7人が趣向をこらしておもしろおかしく腰を低くして歩いてまわる。祭りの道化役。

御幟

7人が鎧に烏帽子(えぼし)、背に幟を立てて、手に竹の杖をついて、カネと太鼓に合わせて足を揃えてふみ進みます。

石段

還御の際に200余段ある若桜神社の石段を3体の神輿が一気に駆け登る様は勇壮そのものです。

奴の舞

中学生14人がぞうりを履き、両手にぞうりを持って「ヨーヨイ、ヨーイトナ、ヨイトマカセ」と踊ります。

浦安の舞

宵宮に拝殿で、祭当日には境内と御旅所で行われる神事の際に女子中学生4人によって行われる舞です。

子供会踊り

渡御と還御の間に町内を傘鋒を曳きながら回って踊りを披露する。以前は7町それぞれで行っていたが、子供が少なくなってきたため、平成20年から7町合同となりました。

祭の情景

(写真上)還御の締めくくりに3、4人もが上にあがって最後の練りを披露する榊。(写真中)境内で松明の明かりの中、3体の神輿がぶつかり合う様は、祭りのクライマックスです。(写真右)御幸行列の先頭を行く池田家家紋入りカヤで被った御寄附御免箱には藩主から下附されたという能面(レプリカ)が入っています。

若桜神社大祭History

能面

鳥取藩主池田光仲公より寄進いただき、御幸祭を許されたという3面の能面。

大正時代の御幸行列

行列の参列者の出で立ちや街並み、見物客の服装は往時のにぎわいを感じさせてくれます。

絵巻

御幸祭はこの絵巻にある因幡東照宮(現樗谷神社)権現祭りに習って行われたと言われています。

本面

因幡東照宮(樗谷神社)権現祭りの絵巻に載っているが、現存しているのは若桜神社大祭だけです。面は何度も新調されており、この木彫りの面は木島頼三さんに寄贈いただいたものです。

八幡宮神輿

擬宝珠(ぎぼし)台箱内側に寛文10年(西暦1670)作製の記録が残っていた八幡宮神輿。