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わかさろまん
わかさにやって来た。 おもひでが蘇った。

車を使わず「安(あんしん)・近(ちかい)・端(秘境)旅行に最高です。今も昔も変わらな風景画がここにはある。普段の生活からはなれ、のんびり静かに過ごしたい。水のせせらぎを聞きながらゆっくりとっした時間をすごし、心も体もリフレッシュ。

若桜鉄道

昭和5年に若桜線として、郡家・若桜間19.2キロメートルが全線開通し、木材や木炭等の物資輸送や通勤通学の便として大いに活躍しましたが昭和62年に廃止となり、その後第3セクターによる運営となって、現在も地元住民の足として、重要な役割を担っています。平成20年6月には若桜駅を含む若桜鉄道にある23の施設が国登録有形文化財となりました。途中の安倍駅は、映画「男はつらいよ」シリーズ「寅次郎告白」のロケ地となりました。
また、隼駅はライダーの聖地として多くのライダーが全国から訪れています。

郡家駅を出発して約30分の旅が始まります。
列車が進むにつれて徐々に里山風景が広がり、さらに進むと、車窓には柿や梨の果樹園が広がります。途中の安部駅は渥美清の映画『男はつらいよ』シリーズ第44作「寅次郎の告白」の撮影地で熱心な寅さんファンや観光客に人気です。丹比駅の手前あたりから国道29号を走る自動車と並走し、のんびりと列車は若桜駅に到着します。


終着駅に到着すると懐かしいSLC-12 167蒸気機関車が迎えてくれます。若桜鉄道は郷愁の鉄道の宝庫であり、プラットホームや転車台など開業当時の面影を残すレトロな鉄道文化施設が数多く残っています。これらの諸施設はまとめて国の有形文化財に登録されており、現在も運行されている鉄道がこのような形で文化財登録されるのは全国初の例ともなっています。

駅舎や鉄道関連施設が国の有形登録文化財として登録され貴重な歴史遺産として注目されています。このC12はかつて旧国鉄若桜線で活躍していたもので、戦前に製造され地方路線用に軽量化が施さており、蒸気機関車時代の末期まで長らく活躍していました。
現在でも若桜駅構内では展示走行が行われており、体験運転をすることもできます。

昭和のレトロな駅舎が二人の旅心をくすぐります。
若桜町は町全体が時間の止まったかのような風情で、古き良き日本を見つけたい、という旅人には、もってこいの場所です。そういう趣を求められる方は、是非足を運んでみて下さい。さあどうぞごゆっくりと。

徒歩10分

途中にあるお店 若桜名物 鯉料理べんてん
途中にあるお店 かつどんの美味しい 大入食堂
途中にあるお店 ビッグエビフライ定食とサイフォンコーヒーの美味しい喫茶 藍

若桜宿場町

若桜宿は鎌倉時代から江戸時代まで城下町として整備され、その後伊勢道の宿場町として栄えました。
明治18年に、若桜宿大火災が発生し、火災の防火帯と将来の国道を見越し道路端から約3メートル下がって家を建てることが決められました。また、家の前にカリヤ(アーケードの先端)を設け、7〜800mは雪や雨が降っても傘がいりませんでした。
また、カリヤの前には水路を設け、防火用水や流雪溝に使われ、各家にも水路から水を引き、冬の栄養源として鯉が飼われていました。
今も当時の面影が残った街並みがあります。

傘いらずの町、カリヤ通りの面影を今も残す宿場町です。この仮屋ができたのは明治18年の大火があった時、若桜宿会議で「家は道路端から控えて土台を造ること、その土台から4尺(1.2m)の仮屋(ひさし)を付け、2尺(60cm)の川を付けることなどが決められました。現在は途切れ途切れになっていますが、当時は雨の日でも傘無しで通り抜けができました。若桜宿には5本の水路が流れていますが、かつてはどの家もこの水路から水を引き込んで井戸場(洗い場)と掘を作り、冬の栄養確保のために鯉を飼っていたようです。

徒歩15分

途中の施設 
休憩交流施設 かりや(休憩のみは無料)
・若桜宿の典型的古民家の雰囲気を味わいながら休憩したり食事を楽しむことができます。
昭和おもちゃ館(大人200円、小学生100円、幼児無料)
・昭和のおもちゃや生活空間の展示や、昔ながらの駄菓子やおもちゃが購入できます。
※2館とも、火曜日定休日、年末年始休み 営業時間10時〜17時

途中にある公園
中之島公園
・子供から大人まで楽しめる公園が見えます。 55mのスライダーは子供に大人気!夏前にはホタルが飛びかう癒しスポットです。

郷土文化の里

明治40年に創設された旧山陰合同銀行や、無動院永福寺移築した山門、また旧庄屋だった県重要文化財「三百田氏住宅」も移築され、昔の時代にタイムスリップしたようです。
また、敷地内には木工体験室等を備えた、生涯学習施設「たくみの館」もあります。
旧中学校跡地であるため、春には桜が咲き誇り、一国一条例で廃城となった若桜鬼ヶ城も見渡せ、ロケーションは最高です。
また、近くには平安時代の延喜式の神名帳にも載っている町内最古で、千年以上の歴史をもつ由緒ある「意非神社(おいじんじゃ)もあります。
その前には若桜杉で高さ26.8mの日本一の大幟や大鳥居も建てられています。

町の歴史・民俗を展示、若桜の銘石を使った庭がある歴史民俗資料館は、明治40年から昭和56年3月まで銀行として使われていた建物を移転復元したものでこの建物は明治時代の典型的な土蔵造りで豪商の面影を伝えており、当時銀行の威信にかけ銘木を駆使して斬新な設計で全体として変化に富んだ美しさを現出しています。歴史民俗資料館和室からは四季おりおりの庭景色が楽しめます。

この三百田氏住宅は1694年(元禄7年)に建てられた茅葺屋根の建物です。元は若桜町内の吉川集落にあった庄屋の家で、古文書には819人の強力[ごうりき]が1年以上かけて完成させたと記録されています。内部は広間型三間取りで、囲炉裏が切ってあり、鳥取県指定保護文化財で、県民の建物100選にも選ばれています。

三百田氏は古くから吉川の庄屋を勤め「一代普請方合力人数帳」という古文書を今に伝えています。 一代普請方合力人数帳は、復原した主屋の他、土蔵や雪隠等の付属棟を建てた年代やかかった人工、使用材とその支払について記した貴重なもので、主屋は元禄7年4月に普請完成の祝いをしたと書かれています。 今では珍しくなった重厚な茅葺き屋根に太い梁や大きな囲炉裏は、庄屋らしい家格を感じさせ、私達に先人の生活の智恵や工夫といったものを教えてくれます。